2013-10-01から1ヶ月間の記事一覧
四面楚歌不退転日記。
敬虔な気持ちになったからといって、祈るあてもない。
賢いバカは、いつだって賢いバカ同士で喰いあっているものだ。
正直言って私はお買い得な物件だと思うが、だからといって安売りするつもりはない。
あの頃は若かったなどと言うが、バカだったと言い換えたほうが的を射ている。更に言うならば、現在進行形でバカですと言っておけば間違いはない。
ジャンルは特化し、細分化し、排他的になり、意味不明となってやがて消え去り、そして蘇る。
人生を棒に振る覚悟があるなら、どんなに無駄なことでも取るに足らぬ。
いつか、後悔する時が来る。そのときまで後悔はしない。
辛いからといって人に迷惑をかけてはいけない。なるべく。
出来るはずだと努力するのは勝手だが、他の手段を用いても同じ結果が得られるのならば、軽く諦めるのもアリだ。
旅に出ないスナフキンは、ひょっとしたら役立たずなのかもしれない。
なにをしようが特に理由はない。
探究心も向上心もなく、さりとて享楽に溺れる熱気もない。エントロピー増大の行き着く先は枯死である。
生まれてきてすみませんと言ったら、深く頷かれた。
笑顔がプライスレスなのはおまえだけだ。
私は無力な人間だが、別に私だけの問題ではない。
どこへ行こうか迷ったら、どこへも行かないことにしている。
失敗するたびに縋る希望によって、人は道を踏み外していく。
ブックオフで立ち読みしている思春期の少年少女に近づいて続きから最終巻までを一気買いし、金の力で欲望を発散する大人の薄汚さを見せつける仕事に就いた。
誰でもいいから抜けていったおれの髪たちに謝れ。
つまらない本を読み続けるという行為には、自分の内面を凝視するという側面がある。なにを持って楽しいと感じ、なにをもってつまらないとおぼえるか、その確認作業が延々と続く。
失敗することを恐れるのはナンセンスだ。なぜなら人間とは失敗の産物だからだ。
文章というものは、人に見せるという意図を持って書かないと、どんどん意味不明なものになる。
バカにバカと言ってなにが悪いという言葉は、自分自身がバカであるというときに限って最も有効な言い訳である。
人生にはシークレット要素の方が多い。
さあ、前進する時間である。
もう少しボキャブラリを豊かにしたい。
江戸の画家葛飾北斎がエロ絵を描くときに用いたペンネームは「鉄棒ぬらぬら」。70を過ぎてから名乗った名が「画狂老人卍」。89にして死の間際につぶやいた言葉は「あと五年あったら本当の絵が描けるのに」。かくありたいものである。
寝ている私に怖いものはない。
言わなくてもいいこと、やらなくてもいいことを、本当にそうなのかと片っ端から試した結果、今の私がいる。