もはや電話とはいえない。

 夜、帰宅したのち今日も一日疲れたと仕事の反省悲喜こもごもしていると、携帯電話から鳴り響くエクソシストのテーマ。大切な憩いの時間を脅かす不届きな輩めと憮然と着信ボタンを押すと、これがまたわたくしめの父君。出たとたん、電話屋行くからつきあえと言い捨て、返事を返す隙もなく切られる。昔からこの男は人の話をまったく聞かない。一事が万事自分の都合でしか動かない人間で、おまけに整理整頓もできない。整理整頓こそ座右の銘、理路整然公明正大冷静沈着、義に篤く常に人を敬い、万事石橋をたたいて渡る私からしてみると、本当に血が繋がっているのか疑いたくなるほどだ。電話屋云々がなんのことやらわからんも、一度言いだすと聞かない男なので、ため息ひとつついてとりあえず顔を出すことにする。
 歩いて5分とかからない実家につき、遅い、おやじが早すぎる、おれはいつでも出かける準備はできている、じゃあひとりで行け、せっかく連れて行ってやろうというのになんだその口ぶりは、だれが連れて行ってくれと頼んだなどといつもの挨拶を交わしたのち出発。聞けば電話屋とは携帯電話ショップのことで、ようするに機種変更したいのですが私にはよくわからないので息子のあなたに教えて頂けますと非常にありがたいのですということらしい。そうならそうと早く言え。
 そもそもうちのおやじが携帯電話を持ったのは一年ほどまえのことである。それまでは携帯電話なんぞいらん、家の電話だっておれは気が向いたときしか電話にでねえだなんて息巻いていたにもかかわらず、連絡つかずに困るから頼むから持ってくれと会社から泣きつかれ購入したとたん、常にいじくりまわしている、場所先かまわず大声で話す、出ないと怒るという携帯三大迷惑の権化と化した。挙げ句の果てには、携帯電話なんてどうせつかわねえから安いのでいいと新規ゼロ円で購入したくせして、ことあるたびにおれのケータイは安もんだからつかいづれえと、なぜか私に文句たらたらである。さすがに親に手をあげるわけにはいかないので、見てないところでよくおやじの携帯電話を踏みつけていたが、持ち主に似たのかいまだに傷ひとつついていない。
 念のためいっておくと、私も使わないから安くていいと新規ゼロ円のくちだったので、いまだに携帯電話の機能をすべてつかいこなしているとはとうていいえない。他人が扱っているのを横目で見て、そんな機能があったんだと驚くくらいである。ちょうど先日もたけしが機種変更した電話を見せてもらい、もはや電話とはなんの関係もない機能が満載されていることに驚いたばかりだ。口では必要がないと興味のない素振りをしつつも、テレビが観られる、音楽が聴ける、ビデオも再生できる、おまけにコンビニで買い物できて電車にも乗れるだなんてさも自分が開発したような自慢話を聞かされていると、胸中嫉妬の炎がめろめろと燃えさかってくるのである。といって、自分で機種変更するのはいかにもたけしくんが持っているのを見てうらやましかったので買っちゃいましたと告白しているようで癪にさわる。そこでおやじの出番である。道すがら、おもむろにそういえばこのあいだたけしが携帯を買い換えてねと口を開き、テレビが観られる、音楽が聴ける、ビデオも再生できる、おまけにコンビニで買い物できて電車にも乗れるだなんてさも自分が開発したような自慢話を聞かせると、思惑通り、おやじヒートアップ。おれがつかうんだからやっぱそれくらいの機能はねえとな、なんてことを口走る。ここまでくればこっちのもんである。おのずと私のテンションも上がる。
 駅前の携帯ショップにつき、自動ドアが開くのももどかしく店内に乗りこむやいなや、おやじ開口一番、テレビの観れるケータイをくれと怒鳴る。すぐさま笑顔の硬直した店員が飛んできて、ご案内は順番になっておりますので整理券を受け取ってお待ちくださいといなされた。
 待ち時間のあいだにふたりして店内を物色。これは小さいからきっと低機能だとか、これは画面がまわるから暗いところでも安心だとか、あんまりすべすべしてると電波を弾き返すんじゃないかとかいろいろと鑑賞してまわる。手に取った携帯のアンテナをすべて出しっぱなしにしておいたら、店員のおねえさんがひとつひとつしまって歩いていた。仕事熱心なおねえさんである。
 しばらくすると整理券の番号を呼ばれ、先ほどアンテナをしまっていたおねえさんに案内される。おやじは昔からソファに座ったらふんぞりかえらなければいけないと思っている人なので、説明交渉はもっぱら息子の役目。代議士と秘書、もしくは組長とちんぴらのフォーメーションだ。用件は機種変更、テレビが観られる携帯電話だと告げる。店員が取りだした携帯電話は2機種。聞けば、auでテレビ視聴可能なものはいまのところこのふたつだけらしい。そうそう、こっちのW41Hってやつがたけしの持ってたやつだからこっちにしようと決めかけると、機先を制しておねえさんから説明が入る。こちらのW41Hが現在auの最新フルスペック機でワンセグ放送視聴可、Ez FeliCaモバイルsuica対応となっておりますが、テレビは無料で観られますが動画の再生には別途mini SDカードの購入が必要となっており、またお財布ケータイとして使用なさるには携帯電話のご購入とは別にJR東日本ビューカードとご契約なさる必要があります云々。はっきりいってなんのことやらさっぱりわからないので、じじいとおっさんにもわかるように説明してくださいと下手にでてみた。
 要するに、テレビは両方の機種で観られるものの、電車に乗ったりコンビニでお買い物をするには金額が高い方のW41Hを買ったあとJRのなんとかってサービスに加入し、なおかつ乗れる電車は山手線などJRのみ、利用できるコンビニもローソン各チェーン店と上野駅や東京駅構内などのsuica対応の店のみなのであった。そしてここが重要なのであるが、2機種のうちお財布ケータイとして使用できるW41Hはでたばっかで高性能のため、13ヶ月以上の機種変更でも2万5000円。もういっこのW33SAはお財布ケータイの機能はないけど9000円。でもテレビは観れる。
 結局どちらにしたかは、ご想像におまかせします。