私が怒りに打ち震えるとき、キミは悔しさに涙を滲ませる。
 ススキノでは指名した写真と違うとサラリーマンが舌打ちし、那覇では若作りにダマされたと米兵が天を仰ぐ。
 ニューヨークのジャーナリストがピクルスの不味さに暴言を吐き、ベルリンの少年はキーボードを打ち壊す。
 台湾のビンロウ売りが用意された衣装に嘆息し、キューバでは異臭のする葉巻を吸った老人がブルースを奏でる。
 この地球では、いつも誰かが怒っている。
 我々は怒りをリレーするのだ。シナプスからシナプスへと。そうしてつまるところ交代でため息をつく。
 遥か彼方に視線を彷徨わせながら耳をすますと、どこか遠くで誰かの吐息が聞こえる。
 それはキミのついたため息を、誰かがウンザリと受けとめた証拠なのだ。