この人を見よ。

「小説を読むことの醍醐味、そして喜びが、ここにはぎっしりとつまっている。」
 読み終えたあと、帯に書かれた北上次郎のこの推薦文を見ると、ひどく打ちのめされた気分になる。ここ数年来鬱屈として怠惰に暮らしてきた己の姿を、断固、否と言い切らせるなにかが、たしかにこの小説にはある。
 飯嶋和一『黄金旅風』(小学館)である。刊行から一年半、新刊当時から騒いでいたにもかかわらず、これまで読むことなく過ごしてきた自分に憐れみすらおぼえる。
 飯嶋和一の作品に登場する主要人物は、すべてが男ならばかくありたいと願う独立不羈、反骨の徒である。悪政と天災が絶え間なく襲う天明の時代に、空を飛ぶという一事をなすことではからずも民衆に生きる希望を与えた『始祖鳥記』(小学館文庫)の幸吉。『来電本紀』(河出文庫)では閉塞した世相のなか、相撲の土俵を舞台に己の肉体のみを武器として時代そのものと戦った雷電為右衛門、それを陰から支えた鍵屋助五郎。歴史小説として無二の風格をそなえながら、登場人物に地続きの憧れと親近感を抱かせてやまないのは、題材とする時代は変わろうとそこに生きる人間は常に不変であるという著者の思いのあらわれではないだろうか。
 今作『黄金旅風』においても、飯嶋和一の描きだす主人公像は変わらず素晴らしい。17世紀、鎖国体制確立直前の長崎を舞台に、日本有数の海運商の家に生まれ、幼少時にはキリシタンの教えに馴染み、豊かな外交感覚と封建制にとらわれることのない人格を持った平左衛門の長崎代官としての姿が、緻密な時代考証をもとに圧倒的な存在感で描かれる。
 この男の生きざま、守ろうとするものの大きさ、物語の息吹の熱さのまえに、ただただひれ伏すしかない。

黄金旅風

黄金旅風