科学の力で明るい未来生活。

 お買い物をしました。ひとくちにいえば水分電波励起函とでもいいましょうか。
 こいつはマグネトロンといわれる真空管から発生させられるマイクロ波を照射することによって水分子を振動させ、敵を体内から煮詰め殺すという恐ろしい科学兵器です。平たくいえば電波兵器なのですが、その電波というのが2450Mhz。一秒間に24億5千万回電極を切りかえるという気の遠くなるような手続きを踏んではじめて発生する電波です。
 24億5千万。一から数えはじめても80年近くかかってしまう計算です。倍にすれば49億。弥勒菩薩の降臨まであと7億7千万しかありません。天孫降臨をも視野に含めた希有壮大な数字です。まさしく神をも恐れぬ必殺兵器といえましょう。
 とはいえ、戦時下ならばいざ知らず、ただいまは平成無責任時代ともいえる飽食の時代。地球の平和、人類の発展、来るべき宇宙時代の安寧を願うためにも、オーバーキルの大量殺戮兵器は存在すら許されるべきではない。
 しかし、そこに使われた科学には罪はないはずです。科学とは理論だ。理論を実用化するための技術だ。何百何千というエンジニアたちの血と汗の結晶、それが工学だ。むかし榊班長も言っていました。「機械を作るやつ、整備するやつ、使うやつ、人間の側が間違いを起こさなきゃりゃ、機械も、けして悪さをしねぇもんだ」。本来ならばジュネーブ条約で使用を禁止させられるべき兵器も、そこに使われた技術は使い方さえまちがえなければ人々の暮らしにとって有用欠かさざる道具たり得る。私はこの殺人兵器水分電波励起函の新しい使用法を考案しました。すなわち、いかなる物体でも内部に水分さえ含んでいれば火を用いることなく温めることができる。
 具体的な使用方法としては主に食品類の再加熱が考えられます。
 魚介類、肉類、野菜類など生鮮食品は細胞組織の代謝による自壊が進むため常温では長期間の保存ができません。そこで気化熱の原理を利用した冷却保存函(別売り)に収納することで代謝を不活させ、長期保存を可能とさせてきました。しかし、そうして冷却された食品は本来の味覚がたいへん損なわれたものとならざるを得ませんでした。なにより、古くから「冷や飯を食らう」といった言葉もあるように、温かいものを冷めた状態で食べることは人の精神衛生上芳しい影響を与えません。個人的な体験をあえて申しあげるならば、みじめですらあります。そこで登場するのが、この水分電波励起函です。
 冷却保存函によって食品を長期保存し、水分電波励起函によって精神衛生上良好な食生活を営む。
 さあ、みなさん科学の力で明るい未来生活を実践しましょう!