違和感なし。


 いきなりだが引用からはじめたい。



「特車二課というのが来るらしい」
「特車……? 何だそれは」
「警備部の特科車両隊みたいなもんだろう」
「だが、二課というからには、課なんだろう? 特科車両隊は、課じゃない。あれは機動隊だ」
「特科車両隊と区別するために第二という名称を付けたんだろうが、それがどうして課になったのかは俺も知らない。どうやら、俺たちと同じく本庁の所属のようだが、交機隊や高速隊の敷地より、ずっと広い土地を使っている。ばかでかい倉庫みたいなものを作っているんだ」
(中略)
「特車二課には、複数の小隊があるらしいが、小隊長の一人が、後藤なんだ」
「後藤……?」
後藤喜一。カミソリ後藤だよ」
 安積は驚いた。
「後藤は、公安にいたんじゃないのか?」
「警備部に異動になって、特車二課に配属されたらしい」
 後藤喜一は、安積や速水と同期だった。若い頃から優秀な警察官で、安積などは話をするだけで劣等感を抱いてしまいそうだった。 年を経るにつれて、昼行灯などといわれるようになったそうだが、それはおそらく処世術を身につけたからではないかと、安積は思っていた。
「そうか。東京湾臨海署の別館に後藤が来るのか……」



 ずいぶん長々と書き写してしまったが、以上で引用は終わりである。
 いささか説明を加えると、右の文章は東京湾岸地区を管轄とする警察署に勤務する警察官ふたりが、噂話を交わすシーンである。噂の内容を平たく要約するならば、特車二課という聞いたこともない部署が新設され、責任者のひとりとして以前公安にいた後藤喜一、通称カミソリ後藤が配属されてくる、というものになる。ちなみに、もうちょっとあとの方に特車二課についてこんなセリフが出てくる。「何でも、作業用の重機を特科車両に転用するんだとか……。そんな噂を聞きました」。
 押井守ファンならば、この噂話の後の展開は説明するまでもないだろう。作業用の重機とは汎用多足歩行型作業機械、通称レイバーであり、もうひとりの小隊長は南雲しのぶ。さらには整備班班長榊がいて、彼の右腕となるのがシゲ。特車二課第二小隊隊員泉野明の入隊から『機動警察パトレイバー』の物語ははじまるのだ。
 年季の入ったパトレイバーファンならば、引用した文章を読んで気づくはずである。これまで出た小説版のなかに、こんなシーンがあっただろうか。それとも、押井守がしょうこりもなく特車二課創設秘話だなんてサイドストーリーを書いて完結した世界観をドツボにはめる気なのか。
 そんなものがあったら私が読みたいところだが、ちがうのである。冒頭に引用したシーンはパトレイバーとはなんの関係もないんである。書店で配布されている角川春樹事務所の無料PR誌「ランティエ」11月号より連載のはじまった、今野敏の安積班シリーズ最新作『夕暴雨』第一回からの引用なんである。
 今野敏といえば、今年は『果断 隠蔽捜査2』で日本推理作家協会賞を受賞するなど、『警官の血』の作者佐々木譲とともに警察小説の書き手としていま注目されている作家である。「安積班シリーズ」は、その今野敏がすでに20年にもわたって書き続けているライフワーク的作品だ。その最新作の出だしから、唐突に特車二課だのカミソリ後藤だのなんて単語がまじめに出てくるもんだから、びっくりしたのなんの。いや、押井ファンとしてはうれしいんですけど。
 とはいえ、今野敏という作家、じつに節操のない小説家でもある。菊地秀行夢枕獏が全盛を誇った90年代には伝奇バイオレンスを書き、ライトノベルスペースオペラ復権を遂げた00年代からは「宇宙海兵隊ギガースシリーズ」を書き連ねている。しかもほとんどハズレがない。そしてなにより、この人、オタクである。ガンダム大好きな人なのだ。
 たとえば、いじめられっ子の14歳中学生がオタクなおっさんたちから薫陶を受けることで自信を取り戻し、ついでに自分までオタクになってしまう『慎治』という小説では、双葉社から刊行された単行本、および双葉文庫版の表紙にガンダムのプラモデル写真が使われているのだが、なんとそのプラモデル、既製のモデルを使わずに、作者本人がパーツからすべて自作したものだという(現在出版されている中公文庫版は、いじめという題材を前面に押し出した不安なデザインになっている。残念)。さらには、本文中でもガンダムシリーズのストーリーが年表のように詳細に語られたり、マクロスプラスはストーリーはしょうもないがドッグファイトシーンは素晴らしいなどと力説していたりする。はっきりいって、物書きじゃなかったら困ったおっさんクラスの人である。
 その今野敏が全力を持って書き続ける警察小説に、特車二課や後藤隊長が登場する。これはしばらく目が離せなくなりそうである。
 あ、もちろんそんな興味は抜きにしても「安積班シリーズ」は面白いです。秋の夜長にはうってつけなこと請けあいます。