青春の血飛沫。

 古本者は復刊という言葉にめっぽう弱い。他ならぬ私が弱いのだから、世のすべての古本者が同じとみてまちがいあるまい。
 しかし、よくよく考えるとこれには語義的な矛盾がある。古本者とはその名の通り刊行から幾星霜を経てもはや書店でも滅多に見られなくなった、もしくはまったくもって姿を消してしまった中古書籍を偏執的に愛でる嗜好を持った輩をいう。言い方を変えれば、それは他人の匂いのついた使い古しの本でしかイけないフェチシズムの持ち主ということである。そういった危ない輩が復刊という言葉を聞いた瞬間に心臓熱く脈打たせ、よだれを垂れ流さんばかりに喘ぎ、恍惚とまなこギョロつかせて絶頂へと昇りつめるのはなぜであろうか。復刊とは古い本を新しく出版し直すことであり、陳列される商品は紛う方なき新品であるはずだ。
 さにあらず。それこそが復刊の魔力なんである。新刊書籍であるにもかかわらず古本者をことごとく発情せしめる。これぞ復刊マジック! 逆もまたしかり。復刊という言葉を耳にしてアドレナリンを噴出させないようでは生粋の古本者とはいえないのだ。
 さて、そんなわけで最近全国に3000人ほど存在すると思われる復刊グルイたちをとめどない絶頂へといざなったのがこちら、『駿河城御前試合』南條範夫(徳間文庫)である。
 満鉄調査部あがりのテクノクラートとして戦後は経済学者に転身、國學院大學の教授を勤めるかたわら時代、歴史小説作家としても活躍。紫綬褒章と勲三等瑞宝章を賜り昨年、96歳で大往生を遂げた大作家の残酷武士道時代劇である。
 なんてったってすごいのは、ばしばしとちぎれ飛ぶむさい男どもの人体と、投げ捨てるように死んでいく女たちの姿だ。全十一番の一試合目から、隻腕の剣士対盲目の剣士。二人に付き添うのは、因縁の原因となった二人の情婦。いってみれば、女にどっちが強いのかはっきり見せつけるための試合である。そもそも片腕斬り落とされたのも、両目をすっぱり潰されたのも、互いの女二人を取りあったためである。そうまでして女を取りあう昔の人ってすごいよねえ。でももっとすごいのは、そこまでさせてなおどちらが強いのか闘わせる女の執念ね。この短編のなかには男の意地と女の妄執が狂気となって渦巻いてます。
 続く第二試合になると、斬りあう動機はもはや肉欲を突き抜けて倒錯の域に達してしまう。主人公は美男美女に肉体を傷つけられる痛みに性的快楽を見出す変態武士なんである。刃先が己の肌を切り裂いていくたび、うっとりと忘我の境地に達していくさまが、実に生々しく表現されている。刀で切られるというのはなんとも気持ちがよさそうだと、読んでいるこちらまでアブノーマルな想像をもよおしてしまう。さらに蛇足としてつけ加えるならば、この主人公が試合の相手に選んだのはなんと人妻である。この人妻に斬りつけられたいがために旦那に言いがかりをつけて殺害し、自分に仇討ちをするように仕向けるんである。そう、ことここにいたって人妻は未亡人へと変身するのだ! ちなみに、この短編のタイトルは「復讐の未亡人 昼下がりの熱い血潮」である。ウソです。
 その後も醜男が失恋したあげくに転じてストーカーとなり果てたり、すけこましの忍者と純情な忍者が斬りあったりで、色恋沙汰から殺しあいに発展していく話ばかりです。
 教訓。恋する男に刃物を持たせるな。

駿河城御前試合 (徳間文庫)

駿河城御前試合 (徳間文庫)