心せわしきこの世のなか、傾いてごらんにいれましょう。(其の二)

 さて前回に引き続き『戦国BASARA』の話題から入りますが、いまのところの関心事はなんといっても発売まで半月あまりとなった続編であります。武将人数約30、ステージ数は約50と大幅ボリュームアップ。公式サイトをのぞいてみると、使用できるキャラクターに前作では敵キャラとしか登場しなかった毛利元就と長曾我部元親が新たに使用キャラとして加わったほか、完全新規の武将も三人追加されております。そのうちでも意表をつかれたのが豊臣秀吉ですね。なんなんでしょうか、これは。豊臣秀吉といえば猿というのが広く人口に膾炙したイメージなんですが、猿は猿でも堂々たる体躯と磊落な動作はゴリラであります。それに、史実に従うならば秀吉は信長の配下にあって草履取りから台所奉行になり、城塞の普請奉行、足軽大将と出世していったのですが、さすがにそれではゲーム内の世界観にそぐわないと考えたのか、戦乱の世を嘆き、打倒信長に立ち上がるなんて設定になっています。戦国一の立身伝の持ち主という秀吉の魅力を放棄してしまうことは秀吉びいきの歴史マニアからはブーイングを浴びせかけられそうですが、そもそもそういう人間はこのゲームをやらないでしょうからいいんじゃないでしょうか。この豊臣秀吉に関連して登場する新キャラが竹中半兵衛。前作にも登場する上杉謙信に続く耽美系のキャラ造形であります。
 そしてもうひとり、これこそが今回の目玉でありますが、あの風流傾奇武者、前田慶次郎。なんと真田幸村伊達政宗に並ぶ主役キャラとしての参戦であります。
 前田慶次といえば、かつて1989年(平成元年)から週刊少年ジャンプで連載が始まった『花の慶次』原作・隆慶一郎/画・原哲夫集英社文庫)がまっさきに思い浮かびますが、同じ作家による『北斗の拳』が近年スロット化を発端として人気再燃し、その余波もあってこの『花の慶次』も雑誌掲載当時の原稿を再現した完全版が出版されるなど再評価がされています。
 とまあ、こんなかたくるしい説明をいれるまでもなく、この漫画、すこぶる面白いんですよ。古くからのファンには今さらかよなんてしかめっ面をされてしまいそうですが、読んでしまったものはしょうがない。原哲夫お得意のスプラッタなバイオレンス描写で戦乱の世に生きる荒武者たちの生き様を描ききった戦国歴史漫画ですが、文明の崩壊した未来世界を舞台にして同様の群雄割拠を描いた『北斗の拳』が全編重厚な悲愴感漂う作風であるのに対して、こちらは凄惨な戦場のなかにあって薫風なびく瀟洒加減に溢れております。これすべて主人公前田慶次郎利益の持つ魅力のためといって過言ではないでしょう。戦場においては無双の活躍を見せ、そのつもりになれば天下の政道すら手中に収めうるほどの実力を持ちながら勝ち戦には興味がないと敗軍の助っ人に駆けつけ、大禄を食めば自由気ままに生きがたいと秀吉に仕えることを拒み、女に惚れ、歌を詠み、風流そのものに生き抜いた前田慶次の姿は、自由の世界にあって自由の本質を見失い、のみならず自由という言葉に翻弄されて鬱屈と生きる私たち現代人のまえに燦然と屹立して光を放ちます。